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アイデアが降りてきた!? ハービー・山口が魅せられる「映り込み」にまつわる秘話

ハービー・山口 You are a peace of art.

CAPA』本誌連動企画としてスタートした、ハービー・山口さんの人気連載「You are a peace of art.」。写真をめぐるエピソードを綴った心温まるフォトエッセイです。

ハービー・山口「You are a peace of art.」第2回
「雨水の厚さ」金沢 2015 © Herbie Yamaguchi

第2回 思い付きの一言から始まった「LAYEREDGRAPH -レイヤードグラフ-」の物語

ふとしたことから思いがけないゴールにたどり着いたことはありませんか?

2017年5月、原宿にあるBOOKMARCというアートブックを販売している書店の地下ギャラリーで個展を開いた。ニューヨークのファッションブランド「MARC JACOBS」の直営店だ。個展の内容は、私がかつてロンドンに住んでいた時代に撮影したロックミュージシャンのポートレートに、多少の風景やロンドンの街のスナップを交ぜたものだ。

私はこれまでに幾度となくロンドンをテーマにした写真展を開催してきたが、このギャラリーでは代表作を展示するのではなく、まだプリントしていない当時のネガを探し出し、新たにプリントした未発表カットを軸に構成した。その中には、なぜ今まで見落としていてプリントしなかったのだろうという写真もかなりあって驚いた。

写真展の期間は10日間だったが、場所が原宿という、若者には馴染みの土地柄やこのお店の特徴が影響してか、写真に興味のある方々に留まらず、ファッションや音楽に興味のある方々も数多く足を運んでくださった。

そして最終日、ギャラリーの方から次の個展についてのお話をいただいた。「次のテーマは何にしますか?」。私はその場で思い浮かんだことを提案した。「そうですね、例えば鏡やガラスのウィンドーに映り込んだポートレートとか!?」。すると、「面白そうですね、それで行きましょう!」となったのである。

改めてネガやデジタルデータを探すと、ロンドン時代に撮ったミュージシャンの楽屋での鏡越しのカットが何点か見つかった。そして、この数年のデジタルデータからは、街のスナップやモデルを撮影した中に、鏡や映り込みの写真が数カット見つかった。しかし、個展を開催できるほどの量はない。困ったことになったと、自分の思い付きで出た言葉を後悔したが、これから撮ればいいのだと思い直し、この半年はカメラを持つと、鏡や反射を使ったスナップやポートレートを撮ることばかりを考えるようになっていた。

ハービー・山口「You are a peace of art.」第2回
「窓の外は秋」東京 2016 © Herbie Yamaguchi

先人達も「映り込み」に魅了されてきた

その場の思い付きでつい言葉に出たアイデアではあるが、振り返ると鏡や反射を写し込んだ先人達の名作が私の意識の中に強く存在していることに気が付いた。

すぐに思い付くのが30年以上も前に見た、アメリカ人の写真家、ブルース・デビッドソンの「ブルックリン・ギャング」というシリーズの一枚だ。ブルックリンを根城にしたティーンエージャーの男女の素行をドキュメントした作品であるが、その中に、彼らの遊び場になっているホールの鏡に長い髪をとかしている少女が映り込んでいる写真があった。それを見た瞬間、独特の空気感と、鏡の中の虚像なのに実像よりリアリティーのある強い存在感に感動した。たったその一枚でブルース・デビッドソンという写真家の名前を覚え、以来この写真家の大抵の写真集を買い集めてきた。

そして次に思い浮かぶのがエリオット・アーウィットの作品で、自動車のバックミラーに、車内にいるカップルが抱き合っている姿が映り込んでいる一枚だ。この二重写しのような不思議な構成に、やはり感動した。

数年後、エリオット・アーウィット氏を撮影する機会があり、「バックミラーの写真がとても好きです」と伝えた。「あー、あの写真ね! あれはね、撮影してから何年もプリントしなかったんだよ。古いネガを見ていて偶然見つけたんだ。今では代表作の一枚になっているけど」という言葉が返ってきた。

近年では、ビビアン・マイヤーのセルフポートレートやソール・ライターらの作品にも数多くの映り込みの写真があり、強く印象に残っている。

あらゆる要素が幾重にも折り重なって今がある。私たちの人生そのものがレイヤードではないか

「映り込み」は、その醸し出される独特の空気感が故に、古くから写真家を魅了してきた。私もその一人で、映り込み写真に憧れていたことを改めて実感した。幸いなことに、大学の授業や、高校での講演やワークショップで訪問するたびに、学校側の協力もあって、鏡や校舎のガラス窓と重ねながら、若い世代のスナップやポートレートを撮影することができた。

さらに各地の個展会場に来てくださった方、代官山や中目黒のバーで見かけた人々をその場で撮らせてもらった。いくら鏡の中やウィンドー越しであっても、彼ら彼女らの若さは曇ることなく燦然と輝いていたのが印象的だった。

40〜50カットが出来た時点で、タイトルを考え始めた。シンプルに「ミラー」や「リフレクション」が妥当だったが、ある言葉に出会った。「レイヤード」(重ね着) というファッションで使われる言葉だ。例えばライダースジャケットの下に少し着丈の長いTシャツやニットを重ねたり、ボトムの上に長いスカートを重ねたりして、バランス、または色や素材のグラデーションを楽しむ着こなしを表す言葉だ。

ファッション業界の人はこのタイトルをどう思うのか興味が湧いた。そこで、あるブティックの店長に聞いてみた。「われわれはレイヤードという言葉は、服飾関連で使う言葉という観念がありますから、写真の世界で使うというのは予想外な感じで驚きですね」という反応が返って来た。そしてさまざまなことに連想が及んだ。私たちは、先祖、育った環境、受けた教育、旅した思い出、夢、失望、希望、時代の流れ、そうしたあらゆる要素が幾重にも折り重なって現在の自分が出来ているのだ。そう考えると、私たちの人生そのものがレイヤードではないか。さらに写真家にとっての作品とは、目の前にある被写体の上に、自分のテーマ、感情、センスを重ね合わせる、つまりレイヤードなのだと改めて認識した。何十枚かのプリントを並べるうちに「レイヤードグラフ、LAYEREDGRAPH」という造語も思い付いた。

2017年5月、BOOKMARCの方に思い付きで発した言葉だったが、その制作過程で、ある種の軽い興奮というか胸の高鳴りを感じた。それはあたかも、見知らぬ街の路地を早足で進んで行ったら、意外に目指していた目的地がすぐ近くに見えて来た、そんな素敵な小径を発見したかのようなワクワク感に似ていた。

 

ハービー・山口さんからのメッセージ
コロナ禍ではありますが、2つの写真展を3月中旬まで開催します。ギャラリーも細心の注意を払っていますので、お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

■ハービー・山口 & ギュンター・ツォーン 2人展「HOPE・PEACE 2020」
2021年1月22日 (金) 〜3月27日 (土) 18:30〜20:00
MYD Gallery (東京都港区南麻布2-8-17 鳥海ビル1F)
会期中無休
TEL 03-5410-1277 (クレー・インク)
要予約 https://www.mydgallery.jp/contact

■ハービー・山口写真展「The Blitz Kids」
2021年1月23日 (土) 〜3月14日 (日) 12:00〜18:00
スーパーラボ ストア トーキョー (東京都千代田区神田猿楽町1-4-11)
月曜・火曜休廊
TEL 03ー6882ー4874
詳細 https://capa.getnavi.jp/pickup/210123herbie/